第6回 「東日本大震災後の国土計画のあり方と三陸広域連携ビジョンの研究」きたかみ震災復興ステーション
【講演題目】 「東日本大震災後の国土計画のあり方と三陸広域連携ビジョンの研究」
【講演者】 東京大学准教授 城所哲夫
【日時】 平成23年度12月9日(金) 18:30~20:00
【場所】 きたかみ震災復興ステーション
【参加者】大阪大学 小浦久子 東北公益文化大学 小地沢将之 弘前大学 北原啓司
株式会社 都市環境研究所 高鍋剛 北上市役所
いわてNPO NET サポート 菊池広人 弘前大学 村上早紀子
【配布資料】 城所先生の講演に関する資料 一部
北上市「あじさい型集約都市」に関する資料 一部
〇東日本大震災による津波被害、原発事故災害の教訓から考える、これからの国土空間ネットワーク
私は国土計画について、これまでは国内のみならず、アジア都市における計画についても研究してきた。今回も東日本大震災を教訓として、広域的な観点から根本的に、国土計画を見直さなければならないと考える。
例えば被災地では、かつて築き上げられた防潮堤が、今回の津波により破壊されてしまった。そこで、人間の営みを害するような巨大な構造物が造られていいものなのかと、疑問を感じているところである。しかもそれらは議論されずに造られている場合が多い。
今日は、三陸広域復興ビジョンの研究を基に、広域交通ネットワークや、キーワードである「エコ・カルチュラル・ネットワーク」についてふれていきたい。
●1, 自立地域圏の重層的ネットワークによる国土空間ネットワークの構築
これまでの国土計画とは、「縦割り的」に考えられてしまっていた。例としては緑地化などが挙げられよう。ここで、自立地域圏を構成する、空間的には異なる範囲にある3つのレイヤーについてお話したい。
一つ目は「広域サービス・ネットワーク」である。例えば通勤圏、広域商圏、広域文化・医療・教育圏が挙げられる。総務省が提示している「定住自立圏構想」もその一つだ。
二つ目は「地域イノベーション・ネットワーク」である。例えば産学連携、B to Bサービス、アウトソーシングが挙げられる。
三つ目は、今日のお話のキーワード「エコ・カルチュラル・ネットワーク」である。これは流域生態圏、エネルギー自立圏、地産池消圏、地域固有の文化などが挙げられる。自然の恵みの中で営まれるようなものといえよう。
このように、地域にはさまざまなネットワークが重なりあっているのが分かるかと思う。しかし、上に述べた3つのレイヤーそれぞれで線を引けるわけではなく、これが前提の下、ネットワークという言い方をしている。
●都市・農山漁村関係のあり方の見直し
今日の都市は、「垂直的中心地モデル」であることが多い。中央には中核となる都市があり、それに多くの機能が集約されてしまっているのだ。
しかしこれからの都市は、「ネットワークモデル」であるべきだと考える。それぞれの都市が相互に補完性をもちながら、アジアなど他の都市圏へと繋がっていく。いかにこのモデルにシフトできるかが、今後は重要であろう。
●空間ガバナンスのあり方の見直し
広域的合意形成の 手法 |
合意形成の前提 |
時期 |
|
トップダウン型 |
統制 |
中央の権威 |
戦前 |
ボトムアップ型 |
調整 |
開発基調 右肩上がりの経済成長 |
戦後 |
まちづくり型 |
自律 |
コミュニティ |
阪神淡路大震災後 |
対話・熟議型 |
全体ビジョン・枠組みの合意のもとでの対話 |
多主体間の ネットワーク |
これからのあり方 |
「対話・熟議型」については、正式な呼称ではないがこのように名付けた。まだはっきりと姿が現れてはいないものの、これからの空間ガバナンスはこの型に転換していく必要があると考える。
●2, 三陸広域復興ビジョンの研究
はじめに、地域主導の再生と、広域復興ビジョンをいかにつなぐかについてである。復興再生には、自立的な地域圏形成を基にする必要があろう。そこで自治体間の協議を専門的に支援できるような、国とは別に専門家の役割が不可欠である。
●復興シナリオ・イメージ
ここからは、我々が考える復興ビジョンの内容である。
●三陸広域復興ビジョン「自然を豊かに生きる」
~“三陸ライフスタイル”を世界に発信する~
ライフスタイルを基に復興を考えていくとき、ではライフスタイルとは何ぞや、と疑問が生じる。
その前にまず、三陸文化についてである。三陸文化とは、世界の中で固有な価値をもつ文化だ。三陸地域は、ユーラシア大陸文明が伝播する、東の到達地点としての位置づけがある。そこには農耕・漁労文化のみならず、海民文化が深く根付いている。
●3, 「三陸ライフスタイル」を世界に発信し、人々をひきつける
ライフスタイルを前提とすると、我々の議論は以下に及ぶ。
①自然と文化を再生する。
巨大津波防潮堤に象徴される、人と自然を分析する社会から、津波防潮堤を建設せず、むしろ取り除き、自然と文化の再生を進めることにより、自然と共生する社会へと価値観を転換する。
②縮退を積極的にとらえ、生活文化を継承するまちなみをつくる。
人口の減少にともなう市街地の縮退と内陸、高台で津波災害を避け、さらに今までの生活文化を継承するまちなみをつくる。
③雇用の場を内陸へと再配置する。
水産加工業等、歴史的経緯のもとで港に近接して立地しているものの、内陸に立地することが可能な雇用の場は、内陸に立地することを誘導する。
④「産業誘致」から「人をひきつける」ことへと地域活性化の考え方を180度転換する。
豊かな自然文化とともに暮らす三陸ライフスタイルを世界に発信し、その自然へと共生する価値観に共感する人々を三陸地域へとひきつけ、地域活性化へとつなげる。
仙台、盛岡さらには新幹線、空港へのアクセスの強化により、都市文化も同時に享受することができるヴァイブラントな地域像をつくりあげる。
・観光者から定住者へ
・多様な定住スタイル
・若者にとって魅力的なライフスタイル
・起業しやすい環境
●復興の例(※資料参照)
私はアジアに関する研究も行っており、特にスマトラ島沖大津波以降、アジア都市の復興に関する研究も担ってきた。
インドの都市、チェンナイ漁村は、津波で大規模な被害を被った。そこで国による復興がすすめられ、復興住宅が建設されたのだが、それはいたって独断的なものであった。漁村の元の文化は破壊され、大量の空き家も発生してしまったのである。
一方、同じく津波被害を被ったインドネシアのアチェという都市では、復興は極めて丁寧にすすめられた。そこにはコミュニティの参加があり、専門家が入って作られたこともあって、復興に向けた都市像を描くことができた都市である。
このように、アジア都市の復興過程からいえることは、先に述べた「対話・熟議型」のように、全体ビジョンの合意のもとでの対話を前提とした議論が必要だということである。こうした多主体間のネットワークが今後、東日本の復興計画を議論するうえでも重要であろう。
●将来フレーム設定の考え方
①人口設定
巨大防潮堤の建設ではなく、内陸・高台への移転による津波災害を避ける事を念頭に置いた。この考え方に基づいて、将来における自然と共生するライフスタイルのあり方を考える。
値としては、以下の計算式を用いた。 {(2010年人口-死亡・行方不明者数)-(浸水域人口-死亡・行方不明者数) ×0.2}×人口指数 →現在の地域全体人口のうち、浸水域の住民の3割が他市町村へ移転し、1割分の若者を呼び込む。そして地域全体の見通し(人口指数)としては、社人研による予測に従うと仮定した。 ※死亡・行方不明者数は2011年9月30日時点 |
②年齢構成
人口減少は受け止めつつも、新たなライフスタイルを構築する中で共感する若者を三陸地域に惹きつけ、さらに出生率も回復されることを意図している。
すると、三陸地域はどれも以下のように人口減少が前提となる。
・宮古市(3.8→3.4万人)
・山田町(1.2→1.0万人)
※市町村名 (2035年社人研人口予測→設定人口) |
・大槌町(1.0→1.7万人)
・釜石市(2.3→1.9万人)
・大船渡市(2.9→2.4万人)
・陸前高田市(1.6→1.2万人)
・気仙沼市(4.7→3.8万人)
・南三陸町(1.1→0.8万人)
・女川町(0.6→0.4万人)
・石巻市(11.3→9.1万人)
そのため、県境を越えたネットワークが必要になってくると考える。復興計画においても、広域的な連携が重要になるのではないだろうか。
●目指すべき空間構造、広域生活サービス・ネットワーク
第一に、高速移動ネットワークとして、仙台、盛岡、内陸主要都市からの一時間圏の構築である。地域内では鉄道よりも道路により都市地域間を結ぶ方が、効果が高い。そのため三陸縦貫道により、三陸都市を南から北まで結ぶよりも、釜石以北については内陸都市と結ぶ高速道を建設する方が、効果が高い。
第二に、通常移動ネットワークの構築である。基本生活圏におけるきめ細かな移動のための、道路の復旧と整備が求められる。
●広域交通ネットワークの考え方
①基本方針
東北地方全体の軸である、東北新幹線・東北自動車道沿いとの東西ネットワークを充実させ、内陸諸都市との交流を強化する。基本生活ネットワーク圏では、一般道を軸とし、バスによる地域内の移動等、きめ細かな移動への対応を重視する。
②高速移動ネットワーク
三陸地域~内陸の主要都市を高速道路で結ぶ事で、両者を一時間強で結ぶ事ができ、一時間圏を構築する。十分に日帰り圏内となり、都市的生活を享受できるようにする。また、仙台空港や花巻空港といった広域ネットワークへの接続も高まる。
③通常移動ネットワーク
三陸地域内の諸都市を結ぶネットワークについては、きめ細やかな移動がしやすいよう、一般道の道路網の復旧・整備を進める。
●現状分析(※図は資料参照)
①人口構造
人口規模、高齢化率ともに、2035年まで悪化する。そして内陸都市部と三陸地域では、差が既にみてとれる。
人口メッシュデータによれば、三陸地域は可住地が非常に狭く、その分可住地においてはかなり人口密度が高いことが分かる。
②広域サービス施設分布
仙台をハブとする広域サービス圏と、その下に三陸と内陸を合わせた中規模サービス圏域が存在する事が分かる。対象地域としている南三陸地域(石巻市~宮古市)では、いずれの移動においても県境を超える動きがみられる。
特にビジネスに関しては、仙台への集積が、観光や商業については仙台と盛岡への集積が進んでいる事が把握できる。
③広域交通網
元々、東北地方自体が、公共投資が他と比べて進まない地域であり、まず東北本線が整備された。そのため、三陸地域は陸の孤島と呼ばれる事もあり、それは内陸部に高速道路、東北本線が通っている事からも、その格差がわかる。これによって、鉄道網・高速道路網が盤石ではない地域であった。
しかも今回の震災では、特に鉄道は大きなダメージを被ってしまった。三陸と内陸を結ぶ東西軸、三陸を従貫する南北軸ともに万全ではない。
④B to B(対事務所)サービス産業立地
内陸部に依存している状況ではあるが、石巻市、気仙沼市、宮古市にも一定の立地がみられる。
●エコ・カルチュラル・ネットワーク(※資料参照)
北上川沿いの平地に市街地が発展しており、高地・急斜面には市街地は見られない。市街地の形成の制約条件としては、「標高<傾斜」という関係がある。
神楽分布からは、山岳地帯では山伏神楽、海岸線沿いでは法印神楽が多いことが見て取れる。伝統芸能分布からは、山岳地帯に鹿を供養することを発祥とした鹿踊りが多く、北上川沿いに田植え踊りが多いことが見て取れる。
工芸分布からは、山地に囲まれた北上川沿いに木・植物、土、また漆を使用した工芸が多い。ナラ林文化により、シラカバ等の樹林が栄え、それらを基盤にしたものと思われる。
民謡分布からは、北上川沿い、閉伊川沿い、海岸付近に河川系の唄(豊漁を祈願したもの)が多い。また、北上川沿い、閉伊川沿いには放牧の唄が多く、この近辺で牛馬が飼育されていたことがうかがえる。
さらに、北上川文化、閉伊川文化、遠野文化、三陸文化、これらは広域ビジョンを考える上での単位になるのではないだろうか。
●4, 三陸ライフスタイル「自然を豊かに生きる」
“三陸ライフスタイル”を世界に発信する
自然と共に生きる、日々を創造的に生きる、厳しい自然を豊かに生きる、お互いを助け合う地域コミュニティ。
こうした「三陸ライフスタイル」、生活・起業・文化活動が密接に結びついたライフスタイルを、ここでは提案したい。
そこでは、自律的かつ補完的なコミュニティが求められる。自然サイクルの中で資源が循環し、特色をもった「まち」と「むら」が補完的な役割をはたす。さらに、一人一人が多様な生業をもつことは、相互補完的なネットワークへと繋がる。
例えば、沖縄県は独特のライフスタイルや文化が存在する。その濃密なコミュニティに惹かれ、沖縄での生活に憧れをもつ人々が絶えない。
●まちづくり会社
「自律的」かつ「補完的」なコミュニティの結び付きの強さを活かし、さらに発展させるために重要な役割をはたすのが、まちづくり会社である。
まちづくり会社のポイントは、まちづくりや収益事業による利益は地域に還元されるということである。そこでは市民の理解と協力が不可欠である。運営は、復興基金、自治体、地元企業、一般市民からの出資等を元としている。
ここでテーマとなるのは、以下のとおりである。
・「まち」と「むら」の一体的かつ魅力的な再建計画
・観光産業の推進
・交通手段の効率的な運用(バスの共同保有・運行)
・地域コミュニティの更なる発展
・移住者の支援(多様な形態の移住を想定 : 定住、ときどき定住、長期観光滞在、等)
特に、定住の形態についてであるが、例えばその地域に一生住むことだけが、定住を指すとは限らない。半年間住んでまた変えるなど、多様な定住にもまた、着目すべきである。
例えば、役割としては以下が考えられる。
・まちなみの再建
生活の場としても観光地としても、魅力的な居住空間・街並みを実現する
・6次産業の振興
まちづくり会社が主体となり、花関連産業を行うなど、再建の象徴的プロジェクトとする。
・交通・生活
観光客、住民、生活用品の輸送需要が必要である。例としては住民、移動マーケット、移動図書館、観光客を、ITを利用して効率的に輸送するディマンドバスなど。
●「菜の花バス」(ディマンドバス)のネットワーク化
まちづくり会社によって地域コミュニティを結びつけ、さらに発展させる仕組みの例として、「菜の花バス」を挙げたい。
この名称は、私の研究室の学生が考案したものである。例えば観光客、住民、物資を「まち」「むら」間で効率的に輸送する、というものである。
このバスの運行は、IT技術を用いて、人と物の移動を一体的に行う。動力は、花関連産業で自主生産した菜種油とする。外観は、「菜の花バス」の名にふさわしい、カラフルで可愛い外観、観光面でのアピールポイントとして使えるような、印象的なデザインとする。
バスの共同運営ネットワークを、中間的に支援する仕組みも必要である。さらに、まちづくり会社同士のネットワークの拡大も支援するような、体制の整備も必要であると考える。
●これからの三陸ライフをイメージする(※資料参照)
ここでは、ライフスタイルに合うような広域的なビジョンについて提案していく。三陸の四季を感じるライフスタイルのあり方、漁村・町住民・観光客ごとの一日の生活など、資料に沿って見て行きたい。
例えば観光客について、初めは観光客としてやって来たのだが、滞在していたら居心地がよくて、いつの間にか住人になってしまっていた、というスタイルがある。こうした地域ができればと考える。考えていくとこうした未来イメージは、非常に楽しいものだ。
●質疑
(北原先生)
今、議論するうえでは復興という話しかないので、今回の城所先生のような広域的な観点でのお話も、これから必要だなと感じたところである。
ところで「空間ガバナンスのあり方」について、特に「まちづくり型」、「対話・熟議型」についてもう少しお話を聞きたい。さらに、北上市が掲げる「あじさい型」はどれに当たるのだろうか。
(城所先生)
「まちづくり型」は、コミュニティが合意形成の前提となっており、自分達のすべきことを行ってきたスタイルである。しかし、自分達の中だけを見ているとも言えるし、全体に広がっていない場合もある。全体ビジョンが共有され、自律的になれば、地域が活力をもって発展していくであろう。
きたかみ震災復興ステーションも、このように発展していくことが望ましい。しかし、もっともっと広がり大きくなっていけば、さらなる展開が見て取れるのではないだろうか。
(菊池さん)
北上市が掲げる「あじさい型」は、城所先生の表でいうと「対話・熟議型」であろう。「あじさい型」と重ね当てはめて考えてみると、非常に面白い。
(小地沢先生)
今日のお話は、6全総的に組み込まれていくのだろうか。被災地に当てはめられるのだろうか。
(城所先生)
私が考えるに、全国的な国土のあり方を展開していくべきであると考える。しかし、復興のプロセスにおいて、モデルもいくつか示さなければならない。
現在、先に述べた「垂直的中心地モデル」の考え方から抜け出せていない都市が多い。北上市の「あじさい型集約都市」のように、各都市が相互補完的に機能を担うことが必要ではないだろうか。
(小浦先生)
地区コミュニティの単位は、どれほどの空間スケールであるのか。各都市は合併したことにより、本来のエコ・カルチュラル・スケールが混乱していると考えられるのだが。
(城所先生)
思うに各都市は合併しても、いかに都市内分圏となっていけるかが重要である。基礎自治体としての機能は維持していくべきだ。
私は研究上、アジア都市のスラム・コミュニティに関心がある。どう発展していくのか、注目しているところだ。
(北原先生)
例えば石巻市には、海の文化、山の文化がそれぞれ根付いている。「空間ガバナンス」の表で、どの型に当てはまるかと考えると疑問だが、「復興シナリオ・イメージ」で考えると、「自然共生シナリオ」として、ライフスタイルに共感する人を地域に惹きつけられるような都市であるべきだろう。
しかし、石巻市も合併により、小さなまちが大きなまちに吸収されてしまった。そもそも何のネットワークで繋げようとしたのか、という疑問の声もある。現在、合併した結果が復興の弊害になっている。そのため、なにも石巻市全体で同じビジョンを作る必要はないという考えもあるのが現状だ。
最近、私が聞いた話なのだが、石巻市のある地域で、川の文化を復活させようという方々がいた。昔から根付いている神楽を復活させ、地域を元気にしていこうという姿勢があるようだ。
ここからいえることは、必ずしも町単位、群単位で考えていく必要はないのではないかということだ。東北であれば本当は、こうしたエコ・カルチュラル・ネットワークのようなビジョンのあり方が求められるのかもしれない。といっても、これと結びつけようとしてもなかなか難しい側面があるのだが。
(高鍋さん)
私は先ほどまで、陸前高田市に出向いていた。そこで都市計画家協会の方々と話したのだが、「今回、東北全体のビジョンを描く話が出てこない」というのだ。
陸前高田市にはかつて、CRの電車が通っていた。人々はこれに乗って、仙台に買い物に行き、気仙沼地域に出掛けていた。そこからは、どこかと繋がっているというネットワークがあったのだ。
三陸地域は祭りが多く、グローバルに動いている人々が多く存在する、非常に多様な地域であろう。ローカルながらグローバルであるという特徴があるのだと感じる。
(北原先生)
現在、被災地各地では、その地域の本当のビジョンが話し合われていないのが現状だ。どのように地域の方々と話し合っていくのか、仕組みを模索している。
今日の城所先生のネットワークのお話は、本当は東北にはもっとたくさんあったはずなのだ。それを合併の理論が消してしまったのだろう。今回の震災を機に、復活させなくてはならないのではないか。
(小浦先生)
例えば漁村についてである。漁村の復興は、都市の復興と同じように議論すべきではない。漁村には都市とは異なる様相の文化があるし、人々の暮らしがあるからだ。かつ、農業定住型ではない、自律ネットワーク型議論をすべきである。
(高鍋さん)
「行政マン」と「地元人」との差も生じていると考える。行政は、Business as Usualであるものの、地元人は自然共生モデルであるべきだ。
行政マンは、大学を卒業してそのまま地元に残り、職員として働くといった経歴である場合が多い。そのため地元にのみ居て、その地域しか見ていないのだ。しかし地元人は、地元外などさまざまな都市へ出て、多様な世界を目にしている。
こうした双方の差を縮める必要性も生じてくるのではないだろうか。
(小浦先生)
復興を議論するうえで、たいていは「補助金」という言葉が溢れているが、補助金とはイコール復旧にすぎない。用いるべきは「基金」である。これは自力で賄うお金のことだ。
基本的には、「自力復興」が前提である。1円でもいいから自らのお金が重要だ。誰かのお金ではない。それで議論していてはいつまでも進まないし、地域が元気にならない。
(小地沢先生)
復興を進めるうえで、必ずしも公共財ばかりを用いる必要はないのだ。今、我々がすべきは、これまでとは間逆のストーリーをつくっていくことである。
(高鍋さん)
現在の多くの復興計画は、行政中心となってしまっている。話し合ううえでは、市民もしっかりと関わっていくべきなのだ。
(城所先生)
主体についても、「行政」でなく「自治体」という呼称で、進めていくべきであろう。ガバナンスについて議論するうえでも、「自治体」を用いていくのが基本である。